COLUMN
探偵はどんなことを調べるのか。
探偵が調べるのは、その人がどこにいて、誰と会い、何をしたか。帰宅が遅い夜の行動や、連絡が取れなくなった家族の所在などを確かめます。人の気持ちは尾行できない。調査で確かめられることと、報告書に書けることをお伝えします。

15年やっても、私が名探偵になれない理由
「探偵」と聞いて、どんな人を思い浮かべますか。
あんぱんと牛乳を片手に、コンビニから出てきた人の袋をちらりと見て、「お弁当が二つ。今夜は誰かと一緒ですね」と言い当てる人。
夜の街で、コートの襟を立てて誰かのあとをつける人。
何でも知っていて、少しだけ怪しい人。
できれば全部、訂正させてください。
HAL探偵社 東京赤坂支店の森田剛です。探偵と経営を、15年やってきました。
先に白状しておくと、袋の中身から人の事情を言い当てる、あれ。私の仕事では、やってはいけないことのひとつです。
当てる探偵より、当てない探偵。
今日はその話をしながら、「探偵って、実際にどんなことを調べているの?」という素朴な質問に、正面から答えてみます。
名探偵の推理は、報告書に一行も書けない
たとえば、午後7時、コンビニでお弁当を二つ買い、店を出た人がいたとします。
名探偵なら「今夜は二人分だ」と言います。当たれば拍手が起きる。でも、一人で二つ食べるのかもしれません。一つは明日のお昼かもしれない。家族に頼まれて、買って帰るだけかもしれない。
当たれば格好いい。
外れたら、ただの失礼な人です。
探偵の報告として書けるのは、もっと地味な一行です。
「午後7時、○○コンビニで弁当を二つ購入し、店を出る。」
つまらないでしょう。書いている本人も、ときどきそう思います。
それでも、この一行を選ぶ理由があります。報告を読んだ人は、それをもとに、自分の暮らしの何かを決めるかもしれないからです。だから、探偵の報告書にいちばん書いてはいけない言葉は、「たぶん」です。
……と、偉そうに書いてきましたが、私の頭の中は、それほど行儀がよくありません。普段から、つい人を観察してしまう癖があります。
これは、仮の例ではなく、実際にあった話です。現場で一緒だったスタッフが、コンビニから出てきた対象者を見て、ぽつりと言いました。
「あの人、毎回よく食べますね」
確かに、ふくよかな方ではありました。私は、心の中でこう思っていました。
(あの体型なら、弁当あと二つは行くであろう)
そこで止まればいいのに、考えは勝手に転がっていきます。
(仮に相手がいるとすれば、相手の前では少食に見せているのかもしれない……)
ここで、ブレーキを踏みます。どちらも、憶測に過ぎません。
考えてしまうのは、職業病です。
そこで止めるのが、仕事です。
試しに、今日すれ違った人を一人思い出してみてください。その人について、「確かに見たこと」だけで何行書けるでしょうか。推理を一切混ぜずに、です。案外、三行も続かないはずです。
探偵の仕事は、その三行を、決めつけずに一行ずつ増やしていく作業に近いと、私は思っています。
探偵が調べるのは「心」ではなく「どこで、何を」
では、探偵は実際にどんなことを調べるのか。
答えは、拍子抜けするほどはっきり書かれています。探偵業法という法律は、探偵の仕事を、依頼を受けて、特定の人の「所在」や「行動」についての情報を集め、その結果を依頼者に報告する業務と定めています。
ひらたく言えば、調べるのは「その人がどこにいて、何をしたか」です。たとえば、帰宅が遅くなった夜に、どこを出て、どこへ向かったのか。連絡が取れなくなった家族が、いまどこで暮らしているのか。どれも「どこで」「何を」の話です。
ここで、意外と知られていないことをひとつ。その法律の文言に出てくるのは「所在」と「行動」です。「気持ち」という言葉は、どこにもありません。
けれど、人が探偵に頼みたくなるとき、本当に知りたいのは「あの人は何を考えているのか」の方ではないでしょうか。
探偵は、その問いに直接は答えられません。誰かの前で少食に見せているのかどうか。それを確かめる方法は、尾行にはありません。
心は、尾行できないからです。
できるのは、何時にどこを出て、どこへ行き、誰と会ったのか。その事実を、推理を混ぜずに並べることです。
並んだ事実を見て、気持ちをどう受け止めるかを決めるのは、依頼したご本人です。探偵が決めてしまったら、それはもう調査ではなく、ただの名推理です。
探偵手帳は、どこにもない
もうひとつ、ドラマと違うところを挙げておきます。
手帳をちらりと見せて「ご協力を」と言うと、相手が何でも話してくれる。あの場面は、探偵にはありません。警察手帳のように、見せれば話が通る証明書を、探偵は持っていないからです。
探偵業法は、ほかの法律で禁じられていることを「探偵ならやってよい」とはしていません。人の生活の平穏を害してはいけない、とも定めています。
法律の上では、探偵は特別な人ではないのです。人より少し長く待つことが仕事になっている、普通の人。それが、いちばん正確な自己紹介だと思います。
そして、法律の定義には、私が気に入っているところがあります。最後が「報告する」で終わっていることです。
遠足は、家に帰るまでが遠足。
探偵は、報告するまでが探偵です。
どれだけうまく調べても、依頼した人に正確に伝わらなければ、仕事は終わっていません。
冒頭の名探偵に、もう一度
袋のお弁当を見て、彼は「今夜は誰かと一緒ですね」と言いました。
私なら、こう書きます。
「午後7時、○○コンビニで弁当を二つ購入し、店を出る。」
頭の中では、もっと余計なことまで考えているくせに、です。
名探偵にはなれません。15年やっても、なれそうにありません。でも、あなたが人生の大事なことを決めるときに手元に置く紙なら、私はこちらを渡したいと思っています。
ところで、探偵事務所の看板をよく見ると、「探偵社」のほかに「興信所」と書いてあるところがあります。同じような仕事に、なぜ名前が二つあるのか。次回は、看板の名前より先に確かめてほしい、一枚の紙の話をします。