COLUMN
探偵に相談した話は、どこまで守られる?
探偵には仕事で知った秘密を守る義務があります。ただ、家族に相談を知られないためには、連絡する時間や方法、書類の受け取り方も確認が必要です。浮気の事実を知った後も暮らしを続けたい。その気持ちを、相談の場でどう受け止めるかを書きました。

浮気を調べたあとも、暮らしは続くから
「調べてもらっている間も、夫に『おかえり』って、いつもどおり言えるでしょうか」
たとえば、相談の終わり近くになって、そう尋ねる方がいたとします。浮気を調べるかどうかを話し合っていたはずなのに、最後に出てきたのは、毎晩玄関で口にしている四文字のことでした。
HAL 探偵社 東京赤坂支店で相談を担当している女性カウンセラーの新木です。前回、代表の森田から「その話は、どこまで守られるのか」という問いを受け取りました。
答えは、このあと具体的に書きます。その前に、この「おかえり」の場面を、最初から順に追わせてください。実際のどなたかの相談ではなく、考えるために置いた仮の場面です。
先に怒っているのは、誰か
その方は、相談の始めにこう話します。夫の帰りが遅い日が増えた。理由を聞いても、仕事だと短く返されるだけ。家のことも子どものことも、この何年かはほとんど自分ひとりで回してきた。
ここまで聞いたところで、私の中では、もう何かが動きはじめています。
(それは、あんまりじゃないですか)
声には出していません。でも、この方の代わりに腹を立てている自分がいます。頭の中では、話が勝手に先へ進みます。はっきりさせましょう。必要なら日数を重ねて、言い逃れのできない形で。
相談を受ける側が同情し、正義感から肩入れしたくなるのは、自然なことかもしれません。ただ、その熱は、放っておくと相談者より先に結論へ走ります。この場面の私は、まさにそうなりかけています。
そこへ、冒頭の質問が来ます。
「おかえり」が言えるかどうか
最初、私はこの質問を「怒りを顔に出さずにいられるか」という心配として受け取りかけます。気づかれないようにふるまうには、どうすればいいか。それなら答えられそうだ、と。
けれど、その方は続けます。
「知りたいのは本当なんです。でも、結果がどうでも、子どもが大きくなるまではこの家でやっていくつもりで。調べている間に、自分がいつもの『おかえり』を言えなくなるのが怖いんです」
(あ……)
腹を立てていたのは、私のほうでした。この方は、怒りをぶつけるために来たのでも、終わらせるために来たのでもありません。
知ったあとも続けるつもりの暮らしがあって、その暮らしを、知ることで自分が崩してしまわないか。その怖さを抱えたまま、それでも知りたくて来ていたのです。
さっき頭の中で並べかけた「日数を重ねて、言い逃れのできない形で」は、この方の暮らしには合わないかもしれません。調べる日が増えれば、そのぶん、何も知らない顔で「おかえり」と言う夜も増えます。
私の正義感は、この方の大事なものを守るどころか、負担を増やす方へ進みかけていました。
同じ「調べてほしい」の、次の一文
浮気を調べてほしい、という最初の一言は、人が違ってもよく似ています。違いが出るのは、その次の一文です。
たとえば、「はっきりしたら、終わりにしたい」。たとえば、「今は何もしない。でも、いざというときのために、手元に置いておきたい」。たとえば、「相手の人にも、きちんと向き合ってもらいたい」。そして、「知ったうえで、このまま暮らしたい」。
どれも、同じ浮気調査の入口から入ってきます。けれど、知ったあとに続く暮らしは、まるで違います。
結果を手にしてから、一緒に暮らし続けることを選ぶ人もいます。報告書は最後のページで終わりますが、暮らしは翌朝も続きます。
最初の一言だけで「別れたいのだ」「相手を許せないのだ」と決めてしまうと、調べる日も時間も、その方の暮らしではなく、聞いた側の思い込みに合わせて組み立てることになります。冒頭の場面の私が、まさにその入口に立っていました。
その話は、どこまで守られるのか
では、前回からの問いにお答えします。
この問いは、「おかえり」を言い続けたい方にとって、とりわけ切実なものだと思います。この家で暮らしていくつもりなら、相談したことそのものが、家族に伝わってはいけないからです。
探偵の仕事をする人には、仕事で知った人の秘密を正当な理由なく漏らしてはいけない、という法律上の義務があり、その仕事を辞めたあとも続きます。話した中身はもちろん、相談に来たということも、その方の秘密です。
ただ、法令に基づく照会などの例外があるため、「どんな場合でも、誰にも絶対に知られない」とまでは言えません。言えるところと言えないところを、そのままお伝えします。
もうひとつ、秘密が外へ漏れないことと、毎日の暮らしの中で知られないことは、少し別の話です。家族が同じ画面をのぞく時間があるかもしれませんし、郵便受けを誰が先に開けるかは家ごとに違います。
調査を依頼すると決めた段階で、連絡してよい時間や方法、書類の受け取り方を、その方の家で困らない形になるよう一緒に決めます。実際に使える方法かどうかは、その場で確かめます。
それから、ここは分けておきたいところです。秘密を守るのは、法律が定めた義務です。相談者の気持ちを先回りして決めないことは、それとは別の、私の側の注意です。
冒頭の場面で私が勝手に怒り、結論へ走りかけたとき、秘密はどこにも漏れていません。それでも、その方の話を、その方のものとして扱えてはいませんでした。守秘義務を守っているだけでは防げないことが、相談の席にはあります。
もう一度、「おかえり」
最後に、冒頭の質問へ戻ります。
「調べてもらっている間も、夫に『おかえり』って、いつもどおり言えるでしょうか」
初めは、怒りを隠せるかどうかの相談に聞こえました。いまは違って聞こえます。これは、知ったあとも続く暮らしを、自分の手で持ちこたえられるかどうかの質問です。その方は、調べることと同じくらい、明日の夜の玄関のことを考えていたのです。
知りたいことの先には、その人の暮らしがあります。
その「おかえり」を言うかどうかを決めるのは、私ではありません。私にできるのは、自分の同情や正義感で、その方の明日の玄関を塗り替えないことです。
では、知りたいことと、その先の暮らしが見えてきたら、何日の、どの時間を調べればよいのでしょう。日数を重ねるほど安心とは限らないことは、今回の「おかえり」が教えてくれたとおりです。次回は代表の森田が、調べる範囲をどう決めるのかを書きます。
参考
- 探偵業の秘密保持:警察庁「探偵業について」
- 秘密の保持の項:警視庁「探偵業ガイド」