COLUMN
探偵に依頼を断られるのは、どんなとき?
調べられる依頼でも、結果の使い道によってはお受けできないことがあります。「住所が分かったら、どうしますか」。探偵が依頼の目的を聞く理由と、受任前に確認することをお伝えします。証拠がないことや、怒っていることだけで断るわけではありません。

私が「分かったら、どうしますか」と聞く理由
代表の森田です。前回の新木の記事を読みました。
書き出しから、「代表という生き物」。私一人への苦情が、ずいぶん大きな主語になっています。
(「森田」なら私だけの問題だが、「代表」なら、全国に仲間がいる。これはありがたい)
ただし、直前の段落にしっかり名前が出ていますね。全国の代表たちを巻き込んだつもりが、入口の表札は私でした。
そして最後は、「次回は、代表の森田が書く予定です」。私に向けて頼む代わりに、読者へ予告する。こちらが「次はよろしく!」と置いていった宿題は、読者を連れて戻ってきました。
お題は、探偵がお受けしない依頼。これから私が書こうとしているのは、依頼を受ける前に、目的と使い道を確かめるという話です。
その原稿の依頼が、目的も使い道も確かめられないまま、私の席に届きました。
(……これは、受ける前に確かめるべき依頼ではないのか)
断る側の事情を書く前に、頼む側の手際を見せられました。が、気づいたときには、もう書きはじめていました。
調べられるのに、お受けしない
探偵に依頼を断られるのは、どんなときか。
「難しすぎて調べられないとき」。まず浮かぶのは、そういう断り方かもしれません。
手がかりが少なすぎる。昔のことすぎる。もちろん、そういう話もあります。人の心の中は尾行できない、という話は第1回で書きました。
ところが、探偵業の法律を読むと、お受けしてはいけない場面としてはっきり書かれているのは、調べる力の話ではありません。
調べた結果が、犯罪や違法な差別など、違法なことに使われると知ったとき。そのとき探偵は、その仕事をしてはいけない。法律は、そう定めています。
問われているのは「調べられるか」ではなく、「調べたものが、何に使われるか」です。
依頼の話を聞くと、私の頭では、調べる手順と、その結果が使われる場面が並んで動きはじめます。どの曜日の、どの時間に、どこから見るか。その先で誰が、何をするのか。
手順のほうは、条件を組み合わせれば次々に浮かびます。頭の中では、調査員がもう駅に着いている。
(脳の遊びは、人員の配置まで行なっています。)
でもまだ、仕事を始めさせるわけにはいきません。手順が組めても、使い道のほうに空欄があれば、先に聞きます。
「分かったら、どうしますか」
この一言の手前で、私は頭の中に三つの問いを並べています。
誰が、誰のことを知りたいのか。何を確かめたいのか。分かった結果を、何に使うのか。
お受けするかどうかを考えるときの、私の順番です。
当支店では、過去の事例を読み物として公開することはいたしません。
前回、当支店の相談員である新木が、相談室でお預かりするお話について少し触れてくれました。現場で向き合う彼女があそこまでまっすぐに語った以上、代表の私からも、きちんと一言添えておかなければなりません。
よく「実際の浮気調査の事例を、面白おかしく読ませてほしい」と言われることがあります。ですが、この連載で実在するご相談者のお話をそのままお話しすることは、これまでも、これからもありません。
探偵の仕事は、断片から人にたどり着くことです。最寄り駅、曜日、よく行く店。一つひとつはありふれた情報でも、いくつか重なると、驚くほど一人に近づいていきます。
それを仕事にしている人間が、「お名前は伏せましたから」と言って、ご相談の話を書くわけにはいきません。伏せ字は、探偵にとって目隠しになりません。
相談室でお預かりしたお話は、誰かの好奇心を満たすためのエンターテインメントではないからです。
相談室で打ち明けていただいた言葉の宛先は、話してくださったご本人だけです。迷いや痛みを抱えて扉を叩いてくださった方の秘密は、名前を消しても、細部を変えても、読み物にはしない。
それは法律上の義務というより、この仕事を選び、看板を掲げ続けてきた人間としての矜持のようなものです。
ですので、ここでお話しするのは、特定のだれかの物語ではありません。
この仕事を15年続けるなかで、私自身が現場で悩み、学んできた「事実との向き合い方」や「心の整え方」に留めさせてください。
「いまの住所を、知りたいんです」
たとえば、こんな言葉から考えてみます。
その方は、座るとすぐに言います。
「別れた相手の、いまの住所を調べてほしいんです」
別れた相手。住所。これだけなら、頭の中では何通りもの話が作れます。どれも筋は通る。材料が一行しかないときほど、筋だけは好きに通せてしまうのです。
まだ、こちらの話を足すところではありません。
「何があって、今日ここへ来ようと思ったのか。そこから伺えますか」
その方は、少しずつ話しはじめます。
一年ほど前に別れた相手に、別れる少し前、まとまったお金を貸した。「来月から少しずつ返す」というメッセージが来て、最初の二回は振り込まれた。
けれど、半年前から振込が止まった。電話は鳴るだけで、出ない。メッセージにも既読がつかない。
先週、共通の友人から「あの人、引っ越したらしいよ」と聞いた。
「このままだと、本当にどこにいるのか分からなくなると思って。それで、今日」
「貸したことが分かるものは、お手元にありますか」
「振込の記録と、『来月から返す』っていうメッセージは、残してあります」
ここで、私の頭の中の机の上を片付けます。この方のお話では、お金を渡した記録と、返すと書かれたメッセージが手元にある。返済の振込は二回で止まった。ただ、私はまだ、その記録を拝見していません。
一方で、引っ越したというのは、友人から聞いた話です。いまどこに住んでいるのか、なぜ連絡が取れないのかは、この席ではまだ分かりません。
そのうえで、聞きます。
「住所が分かったら、どうしますか」
「……会いに行って、一言言ってやりたいです。人のお金を、何だと思ってるのかって」
声が、少し強くなります。
(「言ってやりたい」。……危ないほうの「言う」か?)
ここで聞こえたのは、腹立たしさです。怒っていない人は、そもそも探偵事務所に来ません。私が慎重に扱うのはその先の行動です。
怒っている。それだけでは、まだ何も決まりません。
貸したお金が返ってこない。連絡もつかない。引っ越したらしいと、人づてに聞く。腹が立って当然です。怒っていることと、調べた結果を違法なことに使うつもりでいることは、まったく別の話です。
だから、次に聞くのはこれです。
「一言言ったあと、どうなっていたらいいですか」
その方は、しばらく黙ってから答えます。
「……返してほしいだけです。会いたいわけじゃないんです。顔も、正直もう見たくない」
(会いたいわけではない。返してほしい。その二つを「住所を知りたい」の一文に畳んでいたのか)
ここで、この相談の性格が少し変わります。知りたいのは、住所そのものというより、「お金を返してほしい」という話が、きちんと届く先なのかもしれません。
それなら、会いに行く以外の届け方も含めて、もう少し伺いたい。手元の記録で、何が言えるのか。どんな形で返してほしいのか。
この段階では、お受けするとも、お断りするとも、まだ決まっていません。
断る段階ではなく、もう少し確かめる段階です。
もし、答えが違っていたら
さっきの相談で、住所という一語は変えずに、そのあとにすることだけを変えてみます。
「見つけたら、家に押しかけて、脅してでも払わせます」
これは、結果を違法なことに使うと、ご本人が言っています。この調査は、お受けできません。住所を調べる腕があるかどうかとは、関係がありません。
「どうして急に連絡を絶ったのか。それが知りたいんです」
住所が分かっても、この問いの答えが、そのまま出てくるわけではありません。所在は確かめられても、連絡を絶った理由まで、それだけで分かるとは限らないからです。
お断りするというより、住所を調べることで、知りたいことに近づけるのか。そこを先に考えたい。私が最初の投稿で「今は調べない方がよいという判断も、選択肢に入れます」と書いたのは、たとえばこういうときです。
「……正直、分かってからどうするかは、まだ決めていません」
決めていないことと、危ないことは違います。知ったあとに何を選ぶか、今ここで決めていただく必要はありません。ただ、何が分かれば次を考えられそうかは、調べる前に一緒に確かめたいと思います。
もうひとつ。この相談の部屋に、住所を調べられる側の人はいません。連絡を絶ったのには、その人なりの事情があるのかもしれないし、ただ返したくないだけかもしれない。どちらなのかは、この部屋では分かりません。
法律は、探偵が人の生活の平穏を害することのないように、とも定めています。部屋にいない人の暮らしを、頭の片隅に置いておく。それも、この仕事に入っていると私は思っています。
一枚の書面と、「知ったとき」
契約のときの話も、もうひとつ書いておきます。
探偵と契約するとき、依頼者さまからも一枚、書面をいただきます。「調査の結果を、犯罪や違法な差別など、違法なことに使いません」という内容の書面です。これも、受け取ることが法律で決まっています。
(サイン一つで人の考えまで固定できるなら、どれほど楽か。)
もちろん、この書面は、使い道を約束していただく大事な一枚です。けれど、話を聞くことの代わりにはなってくれません。
そして、法律の言葉をもう一度見ると、その探偵業務を行ってはいけないと定めているのは、違法な使い道を「知ったとき」です。「疑ったとき」とは書かれていません。契約前でも、調査を始めたあとでも、そこは同じです。
ただ、「まだ知ったわけではないから、進めてよい」という意味でもありません。気になる答えがあれば、何に使うつもりなのかを、さらに伺います。
怒っている。証拠がない。話がまとまっていない。どれも、そこには書かれていません。前回、新木は「証拠がなくても、『勘です』と言っていただいてかまいません」と書いていました。あの一文には、私も署名しておきます。
ですから私は、疑うために聞くのではありません。知らないまま進まないために聞きます。「分かったら、どうしますか」は、相談者を試す質問ではなく、調べた結果が、そのあと何に使われるのかを、一緒に確かめるための質問です。
紙の行き先
報告書は、お渡しした瞬間に、私の手を離れます。そこから先、その紙をどう使うかを決めるのは探偵ではありません。話し合うのか、請求するのか、何もしないで暮らしを続けるのか。決めるのはご本人です。
ただ、手を離れる前に、行き先を聞いておくことはできます。行き先が違法なことだと分かったら、その紙は、はじめから作りません。
見るのが仕事の人間が、見に行く前に、見たあとのことを聞く。探偵がお受けしない依頼の話は、調べる力の話というより、渡す紙の行き先の話でした。
……ちなみに、この原稿の依頼はお受けしました。断ると、新木にもう一本、書く材料を渡してしまうので。
ここまで読んで、「そんなに聞かれるなら、全部きれいに整理してからでないと相談できない」と思った方がいるかもしれません。それは少し、早合点です。
相談の前に、どこまで整理しておけばいいのか。何を持っていけばいいのか。次回は、新木が書く予定です。
今回は、テーマも先に書きました。
「聞いていない」は防げるはずです。「聞かれていない」は、新木に残しておきます。